KIXから世界のどこまでも。
〜関西国際空港から、いつか行きたい憧れの旅〜
Vol.11
Machu Picchu
マチュピチュ、大抵の絶景が
インスタで見られる時代に。
Edited by
伊澤 慶一(Keiichi Izawa)
2005年、海外旅行ガイドブック『地球の歩き方』を発行する出版社ダイヤモンド・ビッグ社に入社。編集部にてフランスやドイツ、香港、ロサンゼルス、ハワイなど世界中のガイドブックを制作。2017年に独立、クリエイティブ・ディレクターとして連載や動画ディレクション、トークイベントなど、幅広く旅行コンテンツを発信中。
Instagram
@izawakeiichi
「最も記憶に残る世界遺産って何ですか?」
これまで60カ国以上を旅し、
200を超える世界遺産を訪れてきたが、
僕の中で一番印象的だったのは、
ペルーのマチュピチュだ。
「え?あのマチュピチュですか?」
冒頭の質問をしてきた友人は、
多少がっかりしたような反応を示した。
「いや、もっとマニアックというか、
知られざる絶景を期待していました(笑)」
そう言われるのもわかる気がする。
僕が、マチュピチュを訪れたときも、
「まあ有名だし、一応見ておくか」くらいの
ノリで、南米周遊の予定に
何気なく組み込んだだけだったからだ。
年間140万人以上が訪れる超人気観光地。
しかし、今やインスタで「#machupicchu」と
検索すれば100万件以上の画像がヒットする時代。
僕も、事前にTVや雑誌、ウェブなどで
あまりに「見慣れた光景」だったため、
それほど期待をせずに訪れたものだった。
そんなマチュピチュが、
なぜ一番印象に残った世界遺産なのか、
ペルーの旅を振り返ってみたいと思う。
日本からペルーまでの直行便はないため、
北米や中南米の都市を経由して
首都であるリマに入り、
さらにそこからクスコという都市まで
乗り継ぐのが一般的だ。
このクスコという街、
マチュピチュ観光のためのゲートウェイという
位置付けだけで考えてはもったいない、
とても風光明媚で美しい街だった。
「クスコ」とは現地ケチュア語で
「へそ」を意味し、文字通りインカ帝国の
中心として繁栄していたことを示している。
歴史的建造物が並ぶアルマス広場や、
高度な建築技術で造られ、
カミソリ1枚も通さないと言われる
サント・ドミンゴ修道院の石組みなど、
観光的な見どころも数多い。
ちなみに、クスコの標高は約3400m。
これは空港に降り立った観光客が
軽度の高山病を発症しても
おかしくないほどの高地である。
実際、自分も軽い頭痛や、お腹の変調を感じた。
高地順応のためにも、
クスコではあまり予定を詰め過ぎず、
のんびりとその美しさを堪能するのがおすすめだ。
「天空都市マチュピチュ」の異名があるせいか、
クスコからマチュピチュまで、
さらに上っていくと思うかもしれないが、
マチュピチュは標高2400mほど。
実際には、下って行くことになる。
「天空都市マチュピチュ」の異名があるせいか、
クスコからマチュピチュまで、
さらに上っていくと思うかもしれないが、
マチュピチュは標高2400mほど。
実際には、下って行くことになる。
クスコからマチュピチュのふもとの村へは、
険しい自然のため道路が通じていない。
観光客は谷の間を、ウルバンバ川と並行して
走る電車に乗ることになるのだが、
この鉄道での移動がまた旅情をそそる旅となった。
中には天井まで窓ガラスで覆われた
展望車両もあり、アンデスの山々の絶景を
存分に楽しむことができる。
電車は2時間ほどでマチュピチュ村に到着。
その日は村のホテルで1泊。
そして翌朝、シャトルバスに乗って
遺跡入り口まで30分ほどかけて上っていく。
これが山道を何度も蛇行する険しい道のり。
実はこの道、過去に何度も土砂崩れや事故で
通行止めになっている危険なルートでもある。
日本を出てからここまで、
どれだけの時間が経っただろう。
当初は軽い気持ちで予定に組み込んだ
マチュピチュだったが、
ここまでの旅路が想像以上にアドベンチャーで
本当に来てよかったと思うようになっていた。
あとは遺跡を拝むだけである。
しかし、マチュピチュの遺跡入り口に
差し掛かったところで、
まさかの悪天候で視界がゼロになってしまった。
もともと予備日を設けてなかったので、
このまま雲に覆われていたら
その姿を拝むことなく帰る羽目になってしまう。
天候ばかりはどうしようもないが、
さすがに心が折れかけた。
まさに神にも祈る気持ちで待つこと1時間。
すると、あたりが少しずつ明るくなり、
雲間が少しずつ晴れてきた。
「これは、もしかしたら・・・」
そして、遂に空中都市マチュピチュが
目の前にその姿を現した。
周りの観光客からも歓声が上がった。
日本から長距離を移動し、
クスコでは軽い高山病を発症。
途中旅情をそそる鉄道移動を経て、
悪天候で諦めかけた末に見ることのできた
マチュピチュの絶景。
しばらく見惚れてしまい、言葉が出ないほどだった。
歴史を振り返ると、
アメリカの探検家ハイラム・ビンガムが
この失われた都市遺跡を初めて発見したのは、
1911年。当然、鉄道もない時代だ。
徒歩でここまでの荒々しい山道を抜け、
目の前にマチュピチュを発見したときの興奮たるや、
どれほどのものだったろうかと思いを馳せる。
するとまた、目の前のマチュピチュの景色が
とてつもなく尊いものに見えた。
インスタで検索すれば
簡単に旅の絶景に出合える時代。
それ自体は悪いことではないが、
それでもなぜ旅をするのかという問いに対する答えが、
マチュピチュへの旅路に詰まっていた。
旅の魅力は、目的地だけではない。
旅の途中にこそ数々のロマンがある。
そして、観光後に飲む地ビールのおいしさ。
だから、僕は旅が止められない。
・正式国名
ペルー共和国(Republic of Peru)
・首都
リマ(Lima)
・通貨
ソル(Sol)
・言語
スペイン語・ケチュア語・アイマラ語
・ベストシーズン
一般的に11〜4月が雨季、5〜10月が乾季とされる。マチュピチュ観光のベストシーズンはやはり雨の少ない乾季がおすすめ。ただし南半球は6〜8月が一番冷え込み、特に高地のクスコやマチュピチュの朝晩は防寒対策が必要になるほど冷え込む。
・時差
日本との時差は-14時間。
日本が20時のとき、ペルーは朝の6時。
・ビザ
183日以内の観光についてはビザ不要。ただし滞在許可日数は入国管理官の判断によるため、必ずしも183日とは限らない(在ペルー日本国大使館HPより)