「THE END OF PLAIN PLANE = さよなら退屈な飛行機」
このキャッチフレーズのもと、クリエイティブが集結した伝説のエアラインがアメリカにありました。
1928年に創業されたブラニフエアラインは比較的歴史のある航空会社。
1965年、ブラニフエアラインは今までの古くさいイメージか脱却するために当時セレブの間で注目されていたイタリアン
デザイナー、エミリオ・プッチを起用し、ブラニフのパイロット、スチュワーデスから整備士に至るまでの
ユニフォームデザインを依頼しました。
さらに、世界的な家具メーカー、ハーマン・ミラー社のテキスタイル部長であったアレキサンダー・ジラルドにロゴマーク、
機体のカラーリング、客席シートの張り生地からアメニティグッズ、社内用のステーショナリーなど膨大な数のデザインを発注し、その数は17000点以上に上りました。そして彼と彼の同僚であったチャールズ&レイ・イームズ、
ジョージ・ネルソンらと共にブラニフの発着ロビー、チケット交換所などの内装を手がけたのです。
広告でも話題を吹き込み、ヘビー級ボクサー、ソニー・リストンやポップ・アートのアンディ・ウォーホルを起用。
1973年モビールの創始者、モダン・アートの巨匠アレキサンダー・カルダーにキャンペーン用の機体にペイントを依頼、
この飛行機が世界初のペイント航空機といわれています。
その後、アメリカの航空会社で唯一高速旅客機のコンコルドを所有するなど、話題はつきませんでしたが、
パンナム航空同様国際化の波に出遅れ、一部国内線で1995年までは存続しましたが1982年事実上倒産。
しかしクリエイティブ・ワークの高さと斬新さは今もなお世界中で愛される故に伝説となっているのです。
もっともスマートでファッショナブルなエアライン それがブラニフです。 |